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2020年3月1日−2020年3月31日

 

 

1.

2.特典航空券で、急遽、移動する事に。

3.

4.

5.機内サービス、ありました。

6.ガラガラの機内。エアバスA350は、最新機種なので、最新の空気清浄システムで安心

7.自分は窓側。隣の中央と通路席は、空席でした。

8.福間海岸周辺がきれいに見えました

9.猫島として世界でも有名になった、相島(あいのしま)

10.

11.

12.香椎(かしい)のタワーマンション群。昔は、海で影も形もありませんでした。

12−2.

14.

15.猫ちゃんの元気がなくなっているとの事で、大急ぎで移動したのでした。

16.
※当サイトに書いている内容、掲載している写真を管理人に無断で使用する事を堅く禁じます。



2020年3月1日−3月31日

  
   3月16日(月)〜3月18日(水)

   猫・体調不良
 実家より連絡。猫ちゃんが、急に、食べ物を食べなくなり
 元気がなくなっているとの連絡。

 どうやら、ここ4日程、食べ物を食べる力も劣り、水を、かろうじて、飲みに行く程度との事。
 そこで、急遽、移動する事になりました。


   コロナ・ウィルスの影響〜航空券選び放題〜
 本来なら、3連休の週末直前の平日は、航空券の価格が高めになります。
 特典航空券(無料航空券)になると、当然、全く空席なしで、直前の予約など
 できるはずが、ありません。

 ところが、ここの所、航空券については、コロナ・ウィルスの影響で、
 移動を控えている人が多く、通常なら、キャンセル料を取られるような
 早割系の航空券も、直前でのキャンセル・変更が、手数料ゼロで可能。

 ただし、この時点から、航空券を普通に「購入する」と言う場合の航空券料金は、
 通常と変わらず、ものすごく高額の料金になっていました。

 しかし、特典航空券での予約の枠を確認すると、「選び放題」でした。
 往復ともに、全便、空席ありの状態でした。

 本来なら、直前予約など、満席で全くできないはずなのに、余裕で、選ぶ事ができました。
 最初は、「3連休の前日夜から移動しよう」と思い、予約した直後、
 「猫ちゃんの状態、多分、もう、数日も、もたないかもしれない」との連絡があり、
 急遽、一度予約した便を、再度、変更。
 その変更も、簡単に、選び放題の便の中から選択し、予約出来ました。


    移動
 そして、急遽、平日の昼間から移動する事になりました。
 空港に向かう電車は、ガラガラかと思ったのですが、意外や意外、それなりに人は乗っていました。
 椅子が、ポツリポツリ空いている程度の混雑具合い。
 ただし、外国人観光客は、ほぼ、ゼロに近い。

 そして、予約した便に乗りましたが、そこそこの搭乗率。
 と言っても、いざ、全員着席した状態で、機内を眺めてみると、搭乗率、4〜5割程度だったような気がします。

 自分が搭乗した便は、最新機種のエアバスA350です。

 自分は、窓側を確保。通常なら、真横の2席に、誰かしら座りますが、
 この日は、自分の横の2席は、誰も来ませんでした。
 他の席も、そのような状態の席が、ポツリポツリありました。

 機内サービスについては、最初、「ドリンク・サービスは、中断している」と
 覚悟していたのですが、普通に、ドリンク・サービスは、行われました。
 CAさんは、当然、ビニール手袋と、マスク対応です。


    最新空気清浄システム
 エアバスA350に乗り込むと、コロナ・ウィルスの説明がありました。
 そして、航空機は、常時、2〜3分で、機内の空気が入れ替わるシステムを
 採用しているので、常に新鮮な空気を取り込んでいる事を強調。
 更に、最新機種のエアバスA350は、空気清浄システムにおいても、最新の
 浄化システムが採用されており、安心して欲しいと言う事をアピールしていました。

 そう言う意味では、新幹線などより、安心・安全かもしれません。
 意外に、そこそこ、人が乗っていたのは、新幹線を避けて、航空機を選択した人が
 いたからなのかもしれません。
 福岡行きは、新幹線を選択する人も多いですからね。

 と言う事で、福岡へは、無事到着。問題なしでした。


   猫ちゃんの様子
 実家の猫ちゃん。2月25日に逢った時には、全く問題なく、普通でした。
 ただ、当然、年齢を重ねた事による、全体的な、衰えは、感じていました。
 歩く時は、ヨロヨロ。時々、足を踏み外す事も、ありました。

 以前は、真夜中に何度も起きて、遠吠えのようにワオーンと叫ぶ事もありました。
 しかし、2月に逢った時は、それが、1度も、ありませんでした。

 でも、えさをあげると喜んで食べましたし、ゲッゲも普通にやりました。
 水も飲みに行ったし、排泄も、いつも通りでした。
 甘えてスリスリする行動も同じでした。
 ただ、1度だけ、どうしても排泄が間に合わず、布団の上でやってしまいました。

 その時、申し訳なさそうな顔と声で、「ミャーッ」と、いつもと違うトーンで鳴きました。
 当然、親も、自分も、当然、怒るような事はせず、処理。
 「もう、高齢だから、仕方ないね。落ち込まなくていいんだよ」と、優しく声掛け。

 それでも、本人(本猫)後、落ち込んでいたようで、しばらく、じーっと、背中を丸めていた・・・と言う事が、
 2月に1度ありました。
 本人(本猫)も、自分なりに排泄には自信があったはずなのに、お漏らしした事がショックだったのでしょう。

 でも、そんな事があったのは、1度だけ。
 と言っても、日に日に、衰えて行く雰囲気は感じていました。

 しかし、3月に入って、1週間程して、明らかに、食事の量が減り、
 動きもニブくなったのだそうです。
 それでも、排泄も決まった場所に行って、自力でやっていたのだそうです。

 水飲みも、部屋から離れたお風呂の洗面器まで、わざわざ行って、飲んでいたそうです。


   足が立たなくなる
 しかし、自分が駆けつける2日前には、食事は、ほとんど出来なくなり、
 水をかろうじて飲みに行くのがやっとの状態だったそうです。
 足が立つ状態ではなくなり、人間で言うと、ヒザをついた状態で、
 必死に、排泄場や、水飲み場に行ったそうです。
 親は、当然、その状況になった時、何とか、一緒に、その場所まで連れていったのだそうです。

 もう、桜の花が咲く日までは、もたないだろう・・・との連絡があり、大至急で移動。


    最期
 そして、いつも寝る時には、親のベッドの上に上って、
 親の横で、一緒に寝ていたそうですが、ベッドに上がる力もなくなり、
 3月16日には、もう、コタツの中で寝たのだそうです。
 親も、「もう、これは、長くないようだ」と察知し、コタツで一緒に寝たそうです。

 翌日、3月17日(火)もコタツで一緒に寝たそうですが、実際は、猫ちゃん、
 落ち着かなかったようで、何度も寝返りを打つなどで、眠れなかったようです。
 一緒にいた親も同様。あまり、眠れなかったそうです。


   3月18日(水)
 そして、3月18日、もう、水さえ飲めない状態。
 夕方、やっと、コタツの中で、眠りました。
 「やっと、寝てくれた・・・」と思っていました。

 そして、午後9時30分、ゴホゴホッと、コタツの中から音がしました。
 コタツをめくってみると・・・
 それが、最後でした。

 息、耐えてしまいました。
 猫ちゃん、これが最期でした。
 2020年3月18日(水)午後9時30分、猫ちゃん、亡くなりました。


   23歳7ヶ月5日
 猫ちゃん、亡くなってしまいました。

 こちらは、大泣きするかと思っていたのですが、意外に冷静でした。
 と言うのか、泣かないように必死に、違うことを考えていました。

 亡くなった瞬間、体から、おしっこが、ジャーッと、出て来ました。
 そして、口が開き、目も開いたままになってしまいました。

 そこにいるのは、これまでの可愛かった猫ちゃんの姿ではなく、
 「抜け殻」のような猫ちゃんの姿。

 そこには、「心」「魂」が、存在していないのだな・・・と感じました。
 猫ちゃんにとって「誰が飼い主、世話人、誰がお友達なのか?
 自分の餌を食べる時の習慣、水は、お風呂場の洗面器まで飲みに行く、
 寝る時はベッドの上、誰と誰には、甘えてスリスリする・・・
 朝は、人間を起こす、起きなかったら、肉球で、人間の体の上を踏んでジャンプ・・・」など、
 習慣になって、動いていた、可愛い猫ちゃんの「心」「魂」は、そこには、ないのだな・・・と
 実感させられました。

 この猫ちゃん、長寿でした。
 23歳7ヶ月と5日、生きてくれました。
 開運の長寿猫ちゃんでした。
 メス猫です。

 もともと、2019年7月に、命の危機があり、その時に
 本人(本猫)も、「自分は、もう死ぬようだ」と覚悟した出来事がありました。
 歯が腐ってしまい、左頬が、化膿して膨らんでいたのです。
 部屋の奥にかくれるようにして、自分の死を見られないような行動をしました。

 その後、その化膿した場所が破裂。病院に連れて行き、抗生物質で、何とか、元気になりました。

 そこから先は、「ラッキーな命」だったのですが、奇跡的に元気になりました。
 ただし、逆に、「いつ、突然、亡くなっても仕方ない」と、人間側も、常時、覚悟は、していました。
 ただ、いつも通りに戻ると、「いつまで生きてくれるのかな・・・」
 「このまま、25歳を超えるまで、生きて欲しいな・・・」と願っていました。
 
 しかし、衰えは、少しづつ、進行していました。

 でも、このまま、ゴールデン・ウィーク辺りはでは、問題なさそう・・・と思っていたのに、突然です。
 ま、命って、こんなものなのかもしれません。


   母猫に逢いに行ってね
 長い間、一緒に暮らした親は、亡くなった猫ちゃんに言いました。
 「天国で、お母さん猫に逢って、たくさん、甘えるんだよ。」と。

 この猫ちゃん、元々は、知り合い宅で、5〜6匹ほど、子猫が生まれて、
 それを、何とかして欲しいとの事で、1匹、親族が、連れてきて、
 飼い始めたと言うのがきっかけだそうです。

 まだ、生まれて少しの時期に、それぞれが、もらわれて行ったそうで、
 まだ、親猫のオッパイを飲んでいたい頃だったのだと思います。

 そこを、親から引き離されて、1匹だけで、暮らすようになり、
 更に、室内飼い猫として、育てられました。

 そんな事もあったのか、最初の頃は、飼い主以外には、
 凶暴で、「シャーッ」と、頻繁に言う猫でした。

 でも、生まれた子猫の中で、一番、元気な猫を、引き取ったと言う事もあったようで、
 確かに、いつまでも、元気な状態が続きました。

 「この人は、敵ではない」と、わかると、スリスリ、甘えて来る。
 その姿が、とにかく、可愛い猫でした。

 でも、小さい頃から、警戒心が強くて、抱かれる事に慣れていなかったため
 抱っこ・抱っこを、嫌がる猫でした。
 やはり、母親猫のオッパイを、まだまだ、飲みたかったのと、
 母親猫と暮らす期間が、短か過ぎたのかもしれません。
 でも、23年7ヶ月も生きてくれました。

 もう、当時、一緒に生まれた兄弟、そして、親猫も、
 天国に召されていると思いますから、天国で、兄弟猫、母親猫などと、遊べるといいね。



   悲しみと開放感
 当然、悲しみの方が大きいです。
 ペット・ロスにならないよう、なるべく、違う事を考えるようにしています。
 あー、やっと解放されたーと思うようにしました。


   死後の世界
 自分は、あまり、この手の話には、興味ありませんが、これまでの人生の中で、
 色々な知り合い、親戚の中に、「九死に一生を得た」と言う体験をしたと言う人が数名います。

 長期間、意識不明状態が続き、その後、奇跡の生還をしたと言う人、何人か、います。
 その人から、直接、「意識不明だった期間、何か、記憶があるのか?」など、教えてもらった事があります。

 一人は、「三途の川を見た。渡ろうとしたが、引き戻された」と言う、よくあるパターンの話を教えてくれました。
 本当に、あるのでしょうかね。
 でも、「見た」と言う事は、人間が夢を見る時の「夢のメニューのひとつ」に、あるのだと思います。
 究極の生死の段階になった時に現れる、特別な夢のメニューなのかもしれません。

 別の一人は、色々な状態の中、最後は、「自分が可愛がっていた、ペットの犬が出てきて、迎えに来てくれて、
 それで目が覚めた」と言っていました。

 また、ある人は、「人間なんて、死ぬと、結局、眠るのと同じなだけ。
 夢を見ないで寝ている日ってあると思うけど、それと同じだよ。つまり、本人は、それ以降、
 何も見る事もなく、そこで終わり」と言いました。
 この話は、関連性のない、複数の人から、何度か聞きました。

 結局、猫ちゃんも、亡くなった後は、単純に、「夢を見ないで寝る日」と同じ状況のまま、
 終わったと言う事なのでしょう。

 抜け殻になった姿を見ると、そう感じました。
 そこには、感情も何も、ありませんでした。


    開放感
 でも、逆に、猫ちゃんが亡くなって「開放された・・・」と言う気持ちもありました。
 自分は、常時、一緒にいた訳ではありません。

 それでも、実家にいる時に、猫とすごした時間は、ものすごく長く、夜の状況も、熟知していました。
 これ、一緒に寝る時間をすごさないと、わからない点、たくさんありました。
 たまに、遊びに来る親戚などのレベルでは、絶対に、わからない色々な事を知る事が出来ました。


    夜鳴きと目覚まし
 とにかく、この猫ちゃん、夜鳴きが激しかった。
 若い頃は、真夜中の大運動会が何度も始まりました。
 深夜1時、深夜2時、突然起き上がり、ドカドカドカッと、あっちの部屋、
 こっちの部屋を走りまわり始める事が多々ありました。

 ここ数年は、さすがに、体力の衰えから、大運動会は、やらなくなりました。
 反面、突然、真夜中の遠吠えが始まりました。

 ここ2年ほどは、真夜中にお風呂場の洗面器の水を飲みに行くと、
 水のみ場から戻って来るたび、突然、「ワオーン、ワオーン」と遠吠えのような鳴き声で、
 ほえるのです。ミャーッと言う猫っぽい鳴き声ではなく、遠吠え状態。
 これを、真夜中に何度もやられます。

 また、深夜3時台、4時台になると「起きろ」と言う目覚まし行動が始まります。
 こちらが寝ていると、布団の上から、体の上に乗って来て、こちらが、起きるように
 わざと、胸の上をキックして走り去る・・・などなど。

 でも、その肉球の冷たさが、たまらなかったですけどね。
 ただ、まだ、寝ていたいのに、早朝に起こされる事が、ほとんどでした。
 特に、夏など、太陽が昇るのが早い季節は、目覚まし行動も早い。

 これは、睡眠不足にもなり、困りました。
 本人(本猫)は、「きちんと、朝、起こしてあげているよ」と、善意のつもりだと思います。

 また、朝食や、夕食時間帯に、いつまでも、食事を始めないと、
 「ゴハーン」とか、「ミャーミャー」言って、「早く、ご飯食べろ」と言いました。
 人間側が食事の準備して、ご飯を食べ始めると、だまーって、落ち着きました。

 本人(本猫)は、自分なりに、人間の役に立つよう、日頃から、
 「人間に気を遣っていた」のでしょう。

 でも、深夜〜早朝に、熟睡出来る事が、ほぼ、出来ませんでした。
 自分は、帰省の時だけなので、まだ、耐えられましたが、一緒に暮らしていた親などは、
 そのために、体調崩す事もありました。


    猫踏んじゃった
 その他、日々、「どこに猫がいるのか?間違って、猫を踏まないように」と
 かなり気を遣いました。

 冬場は、コタツの中にいるのか?コタツの中のどの辺りにいるのか?によって、
 コタツの周囲を歩く時に、間違って、コタツの中にいる猫を踏みそうになる事もあり
 部屋の中での移動には、気を遣いました。

 ドアの開閉も、「猫が通れるような、すきま」を空けておく必要があるなど、
 気を遣いました。



    ゲッゲ
 そして、これは、ペット紹介テレビ番組や、ペット紹介動画などでは、
 リアルに描かれない場面でもありますが、猫を飼っている人なら、
 誰もが経験していると思われる「ゲッゲ」です。
 とにかく、猫ちゃんは、「ゲッゲ」します。
 そのタイミングが、いつ、どこでやってくるのか?全くわかりません。

 ゲッゲしそう・・・と言う前触れは、わかるようになりましたが、
 その前触れも、ゲッゲが始まる3〜4秒前。

 常時、部屋のあちこちに、「新聞広告」を置いておき、
 猫ちゃんのゲッゲが始まる時には、自分が何をやっていても、
 あわてて、猫ちゃんの口元に、新聞広告を広げて、ゲッゲを処理していました。
 当然、自分がトイレに入っている、お風呂に入っている、出かけている時などの
 タイミングで、ゲッゲが始まると、どうしようもありません。
 
 特に、外出先から戻ってきた時には、まず、どこかにゲッゲしていないか?を
 チェックする所から、始まりました。

 水を飲んだ直後のゲッゲは、水分が多いので、コタツ布団などの上にやられると、
 処理(掃除)が大変でした。


    旅行に行けない
 あとは、ペットを飼っている人なら、誰でもわかっている事だと思います。
 とにかく、宿泊が伴う旅行には、全く行けませんでした。
 まだ、子猫の頃に、違う所で暮らしていた頃、2泊3日で出かけたのが1回。

 この猫ちゃんが、引っ越しにより、ここに暮らすようになって、恐らく、15年程だったと思いますが、
 その間に宿泊が伴う旅行をしたのは、2泊の旅行が1回、1泊だけの旅行が1回だけでした。
 それらの旅行、2011年と、2014年頃だったと思います。

 しかも、戻ってくると、怒っている・・・
 「どこ行っとったとー!待っとったとよー!」と怒ってました。

 それ以降、「やはり宿泊が伴う旅行は、無理だな」と実感。
 特に、老猫になってからは、絶対に、宿泊旅行は、ダメだと言う状況になりました。

 日帰り旅行に出掛けても、「なるべく、外が明るい内に帰ってあげないと」と言う事で、
 日没を気にしながらの移動を行っていました。

   
   餌や砂
 当然、猫ちゃん用の餌、排泄用の砂なども頻繁に購入。
 これらの費用だって、それなりにかかっています。


   ゴロゴロ
 猫を飼う人の喜びのひとつが「ゴロゴロ」だと思います。
 喜んでいる時など、体のどこかから、「ゴロゴロゴロゴロ」と言い出します。

 いまだに、この「ゴロゴロ」と音を出す仕組みが、解明されていません。
 怒る時にもゴロゴロ言う猫もいるようでうが、ほとんどの場合は、「喜び」の表現です。

 ナデナデして遊んであげていると、「ゴロゴロ」言い出す事が多かったのですが、
 自分が、遠方にいる時、電話口で、猫ちゃんの名前を呼び、「ゴハーン」と言うと、
 本当に、餌を食べに行ってくれましたし、時には、電話口を通して「ゴロゴロ」と
 言い出す事もありました。
 これは、こちらも、何とも言えない喜びでした。

 電話口でゴロゴロなんて・・・

 電話の声を聞いて、自分だと、わかってくれているのだな・・・と感動したものです。
 ただ、そのゴロゴロも、ここ2年程は、なかったな・・・


    寝言(ねごと)
 長い猫生の中で、自分が、わずか、3〜4回だけたったと思いますが、
 猫ちゃんの「寝言(ねごと)」のような物を聞いた事もあります。
 完全に、スヤスヤ寝ているのですが、「ミャミャッ、ミャッ」と小さく短い声を
 出した事が、数回ありました。
 これ、恐らく、夢でも見ていたのでしょう。
 いびきに近い音も、1〜2回程、聞いた事もあります。
 そんな姿を見ても、「うわ、カワイイ〜」と思っていました。


  
   ペット飼いは、終わり
 猫ちゃん。当然、大好きでした。元々、猫より犬派でした。
 この猫ちゃんのおかげで、猫も大好きになりました。
 そして、帰省回数が減っていた所が、増えました。実家の猫ちゃんに逢いたいからです。

 だから、親・兄弟との連絡も頻繁になり、地元の海の趣味も、会員になって、楽しんでいました。

 では、また、「代わりの猫ちゃんを探すか?」と言うと、もう、不要です。
 この猫ちゃんから学んだ事だけで、充分です。

 違う猫ちゃんを飼うと、また、縛られる生活が始まります。
 それに、違う猫ちゃんを正式に飼うと、これまでの猫ちゃんの恩を
 忘れてしまいそうなので、自分の人生では、この猫ちゃんだけの思い出で、完結する事にしました。
 ありがとうね。

 ただ、猫ちゃんは大好きなので、近所をうろついている猫などで
 好意的な猫ちゃんなどには、接したいと思います。

 正式に責任を持って「飼う」「自分が飼い主」と言う形でのペット飼いは、やりません。
 中途半端に「地域猫を餌付け」と言う事も、やりません。

 でも、この猫ちゃんとソックリな猫ちゃんに出逢ってしまったら・・・
 どうなるでしょうか?
 そのような猫ちゃんに出逢わない事を祈るだけです。


   
    お別れの儀式
 そして、冷たくなってしまった猫ちゃん。
 お別れの儀式などを行いました。
 詳しい事は悲しいので、これ以上は、かかわった家族と、自分の心の中に残すだけにしてきます。

 最期の姿は、あまりにもやせ細っていました。
 2月末に逢った時より、さらに、ガリガリでした。

 ガリガリの写真を見ると、悲しくなるので、自分の心の中に、保管しておく事にしました。
 元気な頃の猫ちゃんの姿を永遠に刻みたいと思います。

 一度も土の上を歩いた事がなかった室内飼いの猫ちゃん。
 これで、本当に幸せだったのかなぁ?と思う事も色々あります。
 最後は、やっと、猫ちゃんも、土に返る事が出来ます。


   人間の年齢
 23年7ヶ月と5日生きたので、大往生。

 猫の年齢を人間換算すると、3歳の時点で、人間の28歳だそうです。
 そこからは、1歳、年を重ねるごとに、人間で言うと4歳づつ、加算するそうです。
 そうやって計算すると、21歳で、人間の100歳。
 23歳で、人間の108歳。
 23歳6ヶ月で、人間の110歳だそうです。

 23歳7ヶ月5日で亡くなった、この猫ちゃんは、
 人間で言うと110歳3ヶ月程だったと言う事になります。

 福岡の長寿猫ランクの1年前の表を見ると、福岡の最高齢猫は25歳でした。
 少なくとも、福岡の長寿猫のトップ10には、楽々、ランクイン出来ていたと言う事になります。

 よく、生きてくれました。そして、ありがとう。
 安らかに眠って下さいね。
 またねー。
 (あえて、お別れの言葉は、言いません。)


   記憶に残る年
 それにしても、2020年、令和2年の2続きのニャンニャンニャンの日を乗り越え、
 東京オリンピック開催予定だったのが、2021年に延期されると言う過去のオリンピック史になかった、
 大騒動があった年、
 コロナ・ウィルスにより、世界中で様々な問題が起こった年、
 そのおかげで、特典航空券が、奇跡的に直前まで、全便、選び放題になり、
 猫ちゃんの最期に急遽、駆けつける事が出来ました。
 2020年と言うのは、自分の人生の中で、強烈に印象に残る年になりました。


   2月
 元気な状態で、猫ちゃんとゆったり、いつも通りに一緒に過ごせたのは、
 今回の3月ではなく、2月20日〜25日に逢った時。

 木梨憲武展の福岡での展示会を見に行きたかったのも、2月に逢いに行った理由の一つ。
 そのタイミングで、行かなくても・・・と迷っていたのですが、今、思えば、
 2月に、逢っておいて良かった・・・・と思いました。

 木梨憲武さんのおかげで、猫ちゃんの元気な時の最後を過ごす事が出来たと言う事になります。
 感謝しています。

 


 つづく

17.

18.

19.

20.

21.

22.

23.丁度、ミャーッと言っている瞬間。怒っているのではありません

24.日なたぼっこが好き

25.このようなカワイイ表情する時の写真、中々撮れませんでした。

26.

27.カメラを構えると、緊張するのか、いつも、にらんでるような顔になってしまいました

28.

29.にらんでいる系の写真は、いつもボツ写真にしていましたが、ボツ写真も多数有り

30.ハロゲン暖房機に当たるのが好きでした。

31.

32.ゴハーンと言うと、ご飯食べに行きました。

33.最後の半年は、なぜか、舌をザラザラした所にペロペロするのがお気に入りでした。

34.お外を見るのも好きでしたが、外には1歩も出さないまま、猫生を終える事になりました。

35.フカフカ、ポカポカの所が大好きでした。

36.

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39.

40.

41.

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43.これまでこのような状態の姿はあまり見せなかったので、衰えが進んでいたのかも

44.

41.立った状態の写真、あまり撮っていませんでした。

42.2月末までは、このように元気に歩いて動いていました。でも、踏み外しも多くなっていました。

45.お風呂場に置いた洗面器の水を飲むのが大好きでした。最後まで、飲みに行きました

46.これが、生前最後に撮った、元気な状態での写真。どこかで、またねー。

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